Bag end diary

J.R.R.Tolkienとその作品を中心に、日々の出来事を一人のホビットが気まぐれに綴ります。

映画『トールキン 〜旅の始まり〜』について

Mae govannen!

かなり遅くなってしまいましたが、宣言通り映画『トールキン』について細かなレビューを載せようと思います。

いわゆる重箱つんつんってやつですね。

あまりこういうのがお得意ではないという方もいらっしゃるかもしれませんが、一人のファンとして見過ごせないポイントがありますゆえ、ご了承ください。

もちろん良かった点も載せていきますのでご安心を。

 

まず序盤、セアホール・ミル。「或る伝記」を読むとわかるのですが、こちらセアホールは村です。その一角のこぢんまりとした家に、メイベルとその息子二人がいたわけです。ちょっと村の家というには閑散としすぎな気がしますが、どうなんでしょうね。

そして見た感じだと、ロナルドは10代前半といった感じでしょうか。儚げな目元が晩年の教授を思わせるようで、個人的にはなかなかいい子を選んでくれたと思います。

ですがアーサーが亡くなり、セアホールの家を捨ててバーミンガムへ。

地図で見ると思いっきりバーミンガムと書いてあるのは一応置いときましょう。

そして工場の煙で溢れている町に越してきて、シグルドの伝説をメイベルが語る。このシーン、灯りにロナルド少年の影が映るのが何とも言えない神秘さがあって良かった。

そしてロナルドがラテン語や自作言語を喋り、家に帰るなり母が力なく倒れかかる。一気に両親を失い、苦難の道を歩むわけですが、どうにも早すぎる。

母が病に倒れたという描写もなければ、病名もわからない。メイベルは糖尿病によって亡くなり、妹に看取られたわけですが、ちょーっと展開が早すぎるかな。

 

その後はサフィールド家のビアトリスさんに引き取られ、そしてフォークナー夫人の家へ。ここまで何度かフランシス神父は出てきているわけですが、写真を見ると、何だか映画のラダガストに雰囲気が似ている。何故このようなキャスティングにしたのかは分かりませんが、もう少しスペイン系で、写真に寄せても良かったんじゃないかなと思います。陽気で愛情に溢れた、ってありますしね。

そして夫人が一言、「キング・エドワード校?」

少なくともロナルド少年は既に通っていたはずですが、その感じだとこれから通いますよって感じ。母メイベルの教育によって一度失敗し、そして翌年見事に合格。その後一度安いグラマースクールに入ったものの、奨学金を得てキングエドワードに復学。

伝記によると、学校はセアホールから4マイルほど離れていたがその道のりを殆ど歩かねばならず、とありますが、時系列が何だかおかしいんです。

セアホール→バーミンガムまではよくても、その間のあらゆる事情が省かれたり逆になってたりして何だかなぁ、って感じです。ロナルド少年は在学中に何度も引っ越していたし、せめてもう少し織り交ぜてくれても良かった。

 

さぁいざ、キング・エドワード校へ。

一緒にいる以上、ヒラリーはちゃんと入学試験に通ったんでしょう。

それにしても凄いものです、既にないものを復元させたかのように、それも微細に作っている。キング・エドワード校は現在取り壊され、キング・エドワード・ハウスとなっているようです。

授業はいきなりチョーサー文学。あれは恐らくブリュワートン先生でしょう。 "Tolkien" の発音を指摘すると、いきなり中英語で文章を読まされる。自信満々に、流暢に読み上げたのはワイズマン。クリストファーです。そして隣のテーブルの少年に教科書を取り上げられたトールキンが当てられ、誰よりも美しい発音で暗誦してみせた。

その後ラグビーの時間、例の少年にタックルをかまされ、軽く殴り合いに。ロバート・ギルソン、発明家であり科学者でもある校長の息子ですが、残念ながらトールキンが真っ先に仲良くなったのは彼ではなくワイズマンの方です。

それでも映画として成り立たなくなっちゃうような理由はなさそうですが、何故彼だったんでしょうね。

 

喧嘩の仲裁をされ、何とか仲直り。一度はギルソンの誘いを断ったロナルドは、ジェフリー・スミスと名乗る少年から念を押されて一緒に紅茶を飲みに行きます。

ジェフリーはトールキンより3つほど年下で、秘密クラブの4番目のメンバーです。ですがこの時既に、ワイズマン、ギルソンと共にロナルド少年を誘っており、これもまた少し順番が不思議。それに、他にもメンバーは少しばかりいたとある。そんなに悪くはないと思いますが、そのあたりも出来れば考慮して欲しかった。

欲を言うなら、図書館でもう少し紅茶がらみのイタズラをしても良かったんじゃないでしょうか。いきなりバロウズを聖地にせずとも、と思います。

そしてワイワイとお店から出てきて、クラブを作ろうよと言い出す。メンバーが次々に名前を挙げていく中、Tea Club and Barrovians Societyとロナルド少年が言い出す。このシーン、映画としても見ていて楽しいし、BGMがピッタリでした。まさに少年達の集まりって感じで、軽快なのに美しい。

一つ加えるとすれば、ホビット4人の構図はもしかしてここから、と思ってしまう人が出ないでもなさそうなので、これは仕方ないといえばそうなんですが、そう言う方はぜひお気をつけください。

 

TCBSの傍ら、夫人の家にいるエディスさんとも関係を深めていくロナルド少年。お洒落な喫茶店へ足を運び、セラードアの話をし、角砂糖を別のお客さんの帽子に投げてイタズラをする。

このセラードアの下りですが、ファンとしてはなかなか面白い。モルドールとかゴンドールとか、中つ国の地名には◯◯ドールとつくものが多い。そのあたりの感覚が染み込んでいると、「これは人の名前ではない・・・」と言ったあたりから想像がつく。

「場所の名前だ」

(やっぱりそうだ)

となるわけですね。

この辺りから言語研究と恋に夢中になり、成績が芳しくなくなってくる。

確かこの辺りで、TCBSの集まりにエディスさんが呼ばれるシーンがありましたが、そこでワーグナーについて。「指輪に6時間は長い」と言われておりましたが、正にその通りです。長すぎます。最高の作品です。

そしてオックスフォードの奨学金試験に落ち、数年間エディスとの交際を絶たれ、いつもの4人組でまた騒ぎを起こし、ジェフリーと共に帰路につく。

その後エディスさんからの手紙が届き、酔ったロナルドが芝生にふらふらと迷い込み、謎の自作言語で騒ぎを起こす。

この時一際輝く星があるんですが、それを見たロナルドが

"Hail Earendel..."

と詩を読み始める。この辺りは一緒に暗誦したいと思うほど印象的でした。

それから例のジョセフ・ライトとのやり取りがあるわけですが、ここでロナルドが「ミドルアース」と呟く。

出典がなかったようにも見えるんですが、どうせならCynewulfの名前ぐらい出しても良かったんじゃないかと思います。でもライト教授との会話は良いものでしたし、「論文を今夜までに」の手前、「向こう見ず」のシーンも、あぁそうよねその通りよねなんて思いながら見ていました。

 

その後フランスに出征することになり、TCBSのメンバーが再会する。

ここでワイズマンがピアノを弾いているのですが、この曲がどこかで再生できるみたいなので、ぜひ探してみてくださいね。タイトルは "Wiseman at the piano"です。

それからその前、フェローズガーデンでのワイズマンも個人的には凄く好きです。

冗談を言いながら、嫉妬して憎んだこともあった(本当かどうかは置いといて)けれど応援している。トールキンに関する伝記や研究書を漁れば必ず出てくるTCBSの存在を象徴する人物といってもいいのではないでしょうか。

しかし一つきになるのは、あの芝生で「戦争だ!」となった際、トールキンはこの頃コーンウォールにいたはず。描きづらかったのかな。わからないでもありません。

建物を出る際に見かけたエディスと散歩をするんですが、ここで本当に一緒に歩いて語らったかどうかはともかく、言葉の選び方が素敵なことこの上ない。

「君は全ての幸せを掴むべきだ。いや、そうじゃない・・・僕が言いたいのは、

 君には魔法が似合うんだ」

なんて、日本語にすると拙いものですが、実際エディスさんは本当に「魔法が似合う」ような人だったのではないかと、二人の愛の深さを感じさせられます。

そしていざ戦地へ。

「生きて私の元に戻って」

一番印象に残った台詞です。

映画版ホビットでは嫌という程描かれた、キーリとタウリエルのロマンス。キーリが母親から貰った石に書かれていたルーン文字のおまじないですね。この石はキーリがタウリエルに「必ず戻る」と言い、そして正に言葉通りの約束を果たすわけです。トールキンも同様に、愛する人の元へ戻ると言い、そして生きて戻る。ほとんど皆、それぞれの大事な人たちの元へ生きて戻る。

もはや中つ国のみならず、彼に関するものの中では魔法の言葉ではないでしょうか。

 

回想でも散々出てきていましたが、炎に包まれる戦地では、彼がサム少尉に付き添われて親友のジェフリーを探します。仲間の名前がサムだなんて、これも本当かどうかは置いといて、ファンへの目配せが凄すぎる。愛を感じずにはいられません。

ものすごく生々しく、トールキンの目にはそれらがマントを羽織った騎士であったり、黒い霧であったり、時には巨人に、火を吹く竜の姿として映る。

作中フロドとサムが渡った沼地はこのソンムの戦いから着想を得たとあり、映画でも殉死した兵士たちの遺体が積み重なる赤い池で、トールキンは部下のサムに友人の捜索を頼みます。

そして悪夢のような時間が過ぎ、ベッドの上で目覚めたトールキン。エディスからジェフリーとロバートの死を知らされます。その横に子供の写真がありながら、「あんな女性はなかなかいない」と言うフランシス神父。あれ、もう割と関係は悪くはなかったはずなんですが、どうなんでしょう。ここの英語ゼリフは聞いてなかった。

彼からジェフリーの手紙を渡されますが、内容が確かにそのまま。卑怯な手を使わず視聴者の涙腺にアタックしてくるのですが、ここは友を探して戦地をさまよい歩くジェフリーの描写が個人的に凄く好きでした。

細かいことを言うなら、亡くなったのはロバート、そしてジェフリーの順番。後半にロバート・ギルソンとクリストファー・ワイズマンの影が少しばかり薄くなってしまったかな、と言うのがありますが、まぁ大目に見ましょう。

でも気になったのが、ジェフリーの手紙を読むトールキン。あの後に家族との会話、そして筆を走らせるシーンだと、彼の手紙が作品を完成させる大きな動機になったと勘違いしてしまう人もいるのではないでしょうか。

実際彼のファンタジー作品完成に踏み切る大きな動機となったのは、友人クリストファーの手紙です。映画では全く描かれていませんが、どうもジェフリーとの友情が目立ち過ぎて、後年の彼の存在がおろそかにされているような気がしなくもない。個人的には、その辺りも入れてよかったんじゃないかなと思います。

 

夜遅く、エディスさんに「楽しくないものを書いてどうするの」と言われ、悶々とするトールキン。この辺りの記憶が薄らいでしまいどんなシーンがあったか上手く思い出せませんが、弟のヒラリー、そして家族と一緒に散歩に出かけるシーンは死ぬほど覚えています。

駆け回る子供達が、幼少期のロナルド少年を彷彿とさせますね。彼が話す中で、末娘のプリシラがどんぐりを集めているのがなんとも可愛らしい。ここもいきなりふっと現れるものだから、ファンへの目配せと言いますか、「ほら来ましたよ!」って狙った感じが否めません。それでも真剣に、手は抜いていないのが伝わります。

そして物語の説明が始まり、あれは確かクリストファーだったかな?「僕小さくないもん」と言う。その「小さい人」の説明があり、そして一家を見渡して、

Fellowship

の物語という。

本当に見ている側からすれば手厚いサービスです。もうこの言葉を聞くだけで、ファンはアンテナがビビッと立ってしまう。

ラスト、子供達がはしゃぐ中、トールキンは机に向かっていきなり何かを書き始める。

In a hole in the ground, there lived

そして一言、

A Hobbit

と呟く。

さらにアタックをかましてくるのが、エンドロールの背景。BGMも最高。最後、TCBS4人組の影が映るのがまた涙腺に効く。

これを見た後、ホビットを読みたくなったり、または読み返したくなったり、また一から作品を巡って旅に出たいと思う方も多かったのではないでしょうか。

 

とまあこんなところでしょうか。色々ツンツンしてしまいましたが、「へぇそうなのね」と思ってスルーしていただければ幸いです。そんなとこまで気にするか!?っていう部分もあるかもしれませんが、その場合はどうぞブラウザバックを。気になった点は突き詰めたい管理人でございます。

よく言いますね、「トールキンファンは怖い」なんて。

でも全くその通りだと思います。

今回の伝記映画、トールキンについて何も知らない、指輪読んだことないって方には全く分からないだろうし、批判もかなり多いと思います。一方で指輪やホビット大好きで、また私のようにシリーズ揃えて他作品も読みまくってという方には、嬉しくも複雑に思ってしまう作品になっていることでしょう。実際ネット上では賛否両論の映画ですが、その中で「本当に素敵な作品!」というレビューがあるのがとても嬉しい限りです。

私長らく束ファンとしてやっておりますが、この映画はファンの一人として、洋画好きの一人として、それ自体の出来に関わらない自分の好みは全て切り離して考えております。きっとそういう方も多いかと思いますが、ざっくりした感想を述べると下記のようになります。

 

束ファンの一人として思うのは、これは想像以上に良くできていて、ファンの心をくすぐってくれる作品。複雑な部分もあるけど、悪くなかった。

洋画好きの一人として思うのは、少し難しい。バックグラウンドがないと「?」ってなってしまう部分が多く、彼の内部を描いているので外に「これ!」って伝わってくる強いメッセージがあまり無い。30〜40分ほどのドラマを無理やり2時間弱におさめた感じ。

個人的に好きかどうかと考えると、そうですね、

好きです。

他にも「好き!」と感じているファンの方がいらしたら光栄です。

 

少々長くなってしまいましたが、映画については以上です。

あ、ラジオの方ですが未だに収録できておりません(;_;)

どうかしばらくお待ちください。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

Hannon le!

 

<References>

Carpenter, Humphrey. J.R.R.Tolkien: A Biography. HarperCollins Publishers Ltd, 2016.